<巻名>
「蓬生」は、蓬の生えた荒廃した邸をあらわす歌語で、この巻の女主人公の邸が荒れ果てたものであることによる。

<本文>
藻塩たれつつ侘び給ひし頃ほひ、都にも、さまざま思し嘆く人多かりしを、さてもわが御身のより所あるは、ひとかたの思ひこそ苦しげなりしか、二条の上などものどやかにて、旅の御すみかをもおぼつかならず聞えかよひ給ひつつ、位を去り給へる仮の御よそほひをも、竹のこのよの憂き節を、時々につけてあつかひ聞え給ふに、なぐさめ給ひけむ、なかなかその数と人にも知られず、立ち別れ給ひし程の御有様をも、よその事に思ひやり給ふ人々の、下の心くだき給ふたぐひ多かり。
<現代語訳>
海人にも似た苦しい生活をなさっていた時分、都でもあれこれと心を痛める女も多かったものの、それでも生活にお困りでない方は、君を思っての苦しみの方ははた目に見えるほどではあったが、二条の上なども生活の苦労は知らず、都を離れたお住まいにも心配ない程度にお手紙のやりとりをなさって、御退官(オヤメ)になってからの質素なお召し物にしても、この世の憂さにつけて季節ごとにお世話もうして心を静めもなさったろうが、なまじ愛人の一人と誰にも認めてもらえず、都をお離れになった時の御様子も我が目には見ず想像するにとどまった方々で、人知れず辛苦される方も多いのである。
<評>