胡 蝶
こ て ふ



<巻名>

紫の上と秋好中宮の贈答歌「花ぞののこてふをさへや下草に秋まつむしはうとく見るらむ」「こてふにもさそはれなまし心ありて八重山吹をへだてざりせば」による。





<本文>

 三月の二十日あまりの頃ほひ、春の御前のありさま、常よりことにつくしてにほふ花の色、鳥の声、ほかの里には、まだふりぬにや、とめづらしう見え聞ゆ。山の木立、中島のわたり、色まさる苔のけしきなど、若き人々のはつかに心もとなく思ふべかめるに、唐めいたる舟造らせ給ひける、いそぎさうぞかせたまひて、おろし始めさせ給ふ日は、雅楽寮の人召して、舟の楽せらる。親王たち上達部などあまた参り給へり。

<現代語訳>

 三月二十日すぎの頃、春のお庭先の様子は、いつもより殊に、すべて生き生きとした花の色、鳥の声に、よその方にはここだけまだ春の盛りがおわらないのかと、すばらしく見えもし聞こえもする。築山の木立、中島のあたり、緑濃くなった苔の様子などを、若い女房たちがちょっとしか見られず物足りなく思うらしいので、殿さまは唐風の舟を造らせなさったのを急いで舟よそいをおさせになって、はじめて水におろさせなさる日には、雅楽寮(うたづかさ)の人を召して、舟楽をなさる。親王達上達部など、大勢が参上なさった。




<評>