柏 木
かしわぎ
<巻名>

<本文>
衛門の督の君、かくのみ悩みわたり給ふことなほ怠らで、年も返りぬ。大臣、北の方、おぼし嘆くさまを見たてまつるに、しひてかけはなれなむ命かひなく、罪おもかるべきことを思ふ心は心として、また、あながちに、この世に離れがたく惜しみとどめまほしき身かは、いはけなかりしほどより、思ふ心ことにて、なにごとをも人に今ひときはまさらむ、とおほやけ私のことにふれて、なのめならず思ひのぼりしかど、その心かなひがたかりけり、と一つ二つのふしごとに、身を思ひおとしてしこなた、なべての世の中すさまじう思ひなりて、後の世の行ひに本意深くすすみにしを、親たちの御恨みを思ひて、野山にもあくがれむ道のおもきほだしなるべくおぼえしかば、とざまかうざまにまぎらはしつつ過ぐしつるを、つひになほ世にたちまふべくもおぼえぬもの思ひのひとかたならず身にそひにたるは、われよりほかに誰かはつらき、心づからもてそこなひつるにこそあめれ、と思ふに、恨むべき人もなし、仏神をもかこたむかたなきは、これみなさるべきにこそあらめ、誰も千歳の松ならぬ世は、つひにとまるべきにもあらぬを、かく人にも少しうちしのばれぬべきほどにて、なげのあはれをもかけ給ふ人のあらむをこそは、ひとつ思ひに燃えぬるしるしにはせめ、せめてながらへば、おのづから、あるまじき名をもたち、われも人もやすからぬ乱れいで来るやうもあらむよりは、なめしと心おい給ふらむあたりにも、さりともおぼしゆるいてむかし、よろづのこと、いまはのとぢめには、みな消えぬべきわざなり、またことざまのあやまちしなければ、年ごろもののをりふしごとには、まつはしならひ給ひにしかたのあはれもいで来なむ、などつれづれに思ひ続くるも、うちかへしいとあぢきなし。
<現代語訳>
<評>