<巻名>
内大臣家の藤の宴で内大臣が口ずさんだ古歌、「春日さす藤の裏葉うちとけて君し思はば我も頼まむ」による。

<本文>
御いそぎのほどにも、宰相の中将はながめがちにて、ほれぼれしき心地するを、かつはあやしく、我が心ながらしふねきぞかし、あながちにかう思ふことならば、関守のうちも寝ぬべき気色に思ひよわり給ふなるを聞きながら、同じくは人わるからぬさまに見はてむ、と念ずるも苦しう、思ひ乱れ給ふ。女君も、大臣のかすめ給ひしことの筋を、もしさもあらば何の名残かは、と嘆かしうて、あやしくそむきそむきに、さすがなる御もろ恋なり。
<現代語訳>
明石の姫君御入内のお支度のさなかにも、宰相中将は物思いがちに、虚けたような心地であるが、一方では、「これはどうしたことなのだ、我ながらなんと執念深いことよ、こうまでも一途に恋しくてならぬのなら―聞くところによれば、今にも内大臣の関守が目をつぶって二人の仲を許してくれるばかりに我を祈っておられるとのこと、どうせならもう少し辛抱して、見苦しからぬように最後まで待ち通すとしよう」とこらえているにつけても苦しくて、あれこれと思案に余っていらっしゃる。女君のほうも、父内大臣がそれとなくおっしゃたあちらの縁談のことを、もしそれが事実であるとしたら、あの方は自分のことなどすっかり忘れてしまわれるのであろう、と悲しくなって、妙な具合にお互い背を向け合ったまま、それでも恋しく思い合う仲である。
<評>