ほたる



<巻名>

光源氏が螢を放って玉鬘の容姿を螢兵部卿宮に見せたことによる。





<本文>

 今はかく重々しき程に、よろづのどやかに思ししづめたる御有様なれば、頼み聞えさせ給へる人々、さまざまにつけて、皆思ふさまに定まり、ただよはしからで、あらまほしくて過ぐし給ふ。対の姫君こそ、いとほしく、思ひのほかなる思ひ添ひて、いかにせむと思し乱るめれ、かの監が憂かりしさまには、なずらふべきけはひならねど、かかる筋に、かけても人の思ひより聞ゆべき事ならねば、心ひとつに思しつつ、さま異にうとましと思ひ聞え給ふ。何事をも思し知りにたる御よはひなれば、とざまかうざまに思し集めつつ、母君のおはせずなりにける口惜しさも、またとりかへし惜しく悲しく覚ゆ。大臣も、うち出でそめ給ひては、なかなか苦しく思せど、人目をはばかり給ひつつ、はかなき事をもえ聞こえ給はず、苦しくも思さるるままに、繁く渡り給ひつつ、お前の人遠く、のどやかなる折りは、ただならず気色ばみ聞え給ふごとに、胸つぶれつつ、けざやかにはしたなく聞ゆべきにはあらねば、ただ見知らぬさまにもてなし聞え給ふ。

<現代語訳>

 今はこう重々しい御身分、何事にも騒がず動かずにいらっしゃる御生活ゆえ、おすがり申し上げていらっしゃる方々も、それぞれ身分に応じて、残らず希望通り落ち着いて不安気もなく望み通りに日を送っていらっしゃる。対の姫君だけは、おかわいそうに、思いもかけない苦労が一つふえて、どうしようかと困っていらっしゃるようだ。あの大夫の監のいやらしかった様子に比べられる感じではないけれども、こんなこととは、まさか誰も気づくはずもないから、おひとりでお悩みなさり、「変なこと、嫌な話」と殿をお思い申し上げていらっしゃる。何もかもおわかりになるお年頃なので、あれやこれやといろいろお考えになってみて、「おかあ様がいらっしゃらなくなったせい」と残念に、改めて事新しく惜しく悲しく思われる。源氏の大臣も、いったん口にお出しになってからは、かえって苦しくお思いになるけれども、人前を遠慮なさって、ちょっとしたことも申し上げることがおできにならず、苦しくさえお思いになるままに、足しげくお出むきなさっては、お付きの者も離れていて静かな時には、がまんできず意中をお打ち明けなさるそのたびに、姫はどきりとはするが、きっぱり拒絶して恥をおかかせ申すわけにもゆかないので、ただただ気づかないふりでお相手申していらっしゃる。




<評>