<巻名>
帚木とは、遠くからは見えるが、近づくと見えなくなるという、昔信濃にあった伝説の木。そして
巻名は、光源氏と空蝉との贈答歌
帚木の心をしらでその原の道にあやなくまどひぬるなか(光源氏)
数ならぬ伏屋に生ふる名のうさにあるにもあらず消ゆる帚木(空蝉)
によっている。

<本文>
光る源氏、名のみことごとしう、言ひ消たれ給ふとが多いかなるに、いとどかかるすきごとどもを
末の世にも聞き伝へて、かろびたる名をや流さむと、しのび給ひける隠ろへ事をさへ、語り伝へけむ
人のものいひさがなさよ。さるは、いといたく世をはばかり、まめだち給ひけるほど、なよびかにを
かしき事はなくて、交野の少将には笑はれ給ひけむかし。
<現代語訳>
光る源氏だなんて、名だけは大したもの、でも、実際は違うと言われるような失策が多いのに、そ
の上、こんな恋愛事件の数々を後々の人まで聞き伝えて、軽率だとの噂を残しはせぬかと、隠してい
らっした内証事までも話し伝えたことは、罪深いお喋りだことよ。じつは、とてもひどく世間に気が
ねして、まじめくさっていらっしたので、つやっぽいおもしろい話などはなくて、交野の少将には
笑われなさったことでしょうよ。
<評>