諸本について




『源氏物語』という日本の誇るべき最大の文学作品は、今からおよそ千年前に成立したということも あって、その過ぎ去った時の長さは計り知れないものがある。そしてその運命には勝てず、残念ながら 現在自筆本は残っていない。それゆえ、私たちが今読んでいるものは、すべて写本ということになる。 さらにその写本も非常に問題が大きく、現在では主に三系統に分かれてしまう。つまり、自筆本にどれ だけ忠実であるかも分からないのである。しかしながら、写本しか残っていない以上、私たちはそれを 頼りに、この大作を読み解いていくしかない。そこで、ここではその写本の種類についてみていくこと にする。

先の述べたとおり、『源氏物語』の写本は主に三系統に分かれる。河内本・青表紙本と別本である。 それを個別にみてみると次のようになる。

@河内本
鎌倉初期の有名な源氏学者、源光行、親行の父子に成ったもので、この両者はともに、河内守になったことからその名が付いた。
この校訂本は、二条伊房本・冷泉朝隆本・俊成本・定家本・堀河俊房本・法性寺 尚侍本など、二十一種の伝本を適宜の本文を取捨して、校本を作ったものである。そしてこれは、専ら文章を分かりやすくすることにつとめたもので、語釈的性格が認められ、意味の不通なところが少ない。しかし、それだけに、これは混淆文であって、作者の原本からはかなり遠いテキストといえる。
 この河内本は、親行の子、義行(聖覚)、知行(行阿)へと継承され、鎌倉期の源氏学の中心勢力となっていった。そのため、物語本文も青表紙本よりも当時は広く用いられていた。

A青表紙本
青表紙本とは、藤原定家の書写本で、本の表紙が青監色であったことからその名がついた。
この本の成立のいきさつについては、『明月記』に、「自去年十一月、以家中小女等、令書源氏物語五十四帖。昨日表紙訖、今日外題、年来懈怠、家中無此物建久之被盗了、無証本之間、尋求所々、雖見合諸本、猶狼藉未散不審。雖狂言綺語、鴻才之所作、仰之称高、鑚之称堅、以短慮寧弁之哉。」とある。この青表紙本は、河内本に比べて、みだりに校訂は加えられていない、書本を忠実に書写した伝本である。しかし、鎌倉期には河内本の方が優勢であった。その後、連歌師でもある宗祇の力によって広まった。

B別本
別本とは一つの系統を意味するものではなく、河内本・青表紙本以外のものを総称したものである。その中で二つの系統に分けるとすれば、青表紙本・河内本以前の古写本の系統と青表紙本・河内本以後の混成本文の系統になる。この別本の中で有名なものは、花山院長親が足利義持の命によって朱墨で加註し、巻末ごとに歌を一首記した耕雲本である。

以上が写本の系統であるが、現在私たちが普通に用いている活字本は、この中でも青表紙本を用いているものがほとんどである。しかしながら実際は、この三系統が互いに交流してしまい、どっちつかずの本文になってしまっているものが多いというのが現状です。とにもかくにも作者の自筆本が存在するのなら、それを発見して貰いたいと思う。


★参考文献

  ・『源氏物語入門』池田亀鑑(現代教養文庫 S32・8)
  ・『「源氏物語」入門』阿部秋生(岩波セミナーブックス H4・9)
  ・『源氏物語入門』野村精一・伊井春樹・小山利彦(桜楓社 S50・1)
  ・『別冊國文學 新・源氏物語必携』秋山虔編(学燈社 H9・5)