中古文学の名歌名場面


『夜の寝覚』 巻一 (進藤重之)
※引用は『日本古典文学全集 夜の寝覚』 (小学館)と現代語訳は『国民の文学6 王朝名作集2』から引用しました。
 また、括弧内の片仮名はこちらでつけました。



<本文>

上は、御髪すまし暮らす日、我は、殿上人あまた参りて小弓射などするに、射暮したまひて、夕つかた、入りたまへれば、御前に人もなし。例の中障子のほどに寄りて聞きたまへど、人音もせねば、やをら母屋より通りて聞きたまへば、対の君の声にて、「御格子まゐりて、御殿油などまゐりてよ」と言ふなれば、 近く参る人のゐざり退きたるほどに、いとよく推し量 りて、やをら帳の帷をひきあけて、すべり入りたまふを、思 ひ寄るべきことならねば、「対の御方の参りたまふな」と問 へば、答へもせず。たそかれの程の内暗いなるに、ただ内に入 る気色、人がらの、紛るべくもあらぬを、いとあさましくお ぼえて、「いなや。こはいかに」と掻い深れば、衾押しやり て添ひ臥したまふに、女君は、あるにもあらず沈み入りての み臥したまひたるに、ものもおぼえず、頭ばかりもたげて、 対の君をひかへてわななきたまふを、引き放たれぬ。せむか たなし。対の君、「あが君や、などかくあやにくに、心憂きを 御心にかあらむ。いとかく思ひやりなくなどは、よも、とこ そ思ひきこえさせつれ」と、いみじと思ひてあはむれど、 「すこし世のつねにもてなしたまはましかば、つゆの心をも 慰めてこそはあらましか。ことはかりながら、いとどあとを 絶ちたまふ恨めしさに、現心もなくなりにけるぞや。ともか くも、なのたまひそ。ただあち寄りて、さりげなくもてなし たまへ」とのたまふに、言ふかひもなし。げに御格子おろし 御殿油などに、人々あまた参りあへれば、御帳の外にゐざり 出でて、ものなど言ひ紛らはし、さらぬ顔にと思ふ心地も、 いとわななかしくわびしけれど、とかく聞き言ふべきやうもなければ、 御乳母子の少将の君といふと、ただ目を見かはして居たり。



<現代語訳>

ある日、大姫君は髪を洗っていらっしゃった。大納言 は、多くの殿上人とともに小弓射ちをして遊び暮らして、 夕方家にはいったところ、大君のおん前には人影もなか った。大納言はそっと紛れ出て例の中君方の襖のところ に寄り添って、こっそり中の様子を窺ったが人の気配も ない。廂の間から母屋にはいりこんで聞き耳を立てると、 「格子をしめて、大殿油の用意をして来なさい」 と言う対の君の声がして、中君のそば近くに仕えている 人々が退いて行くらしい様子である。大納言は、中君の そぱに確かに人影がないのを見澄まして、つと几帳を引 き上げて滑りこんだ。中君はまさか大納言とは思いも寄 らず、 「対の君ですね」 と声をかけられたが、答えもなく黄昏時の薄暗がりを幸 いにどんどんはいって来る様子が、紛れもなく大納言で あると知った時の中君の驚きはひとかたではない。 「まあ、これはなんとしたこと」 とあわてて逃げ出そうとしたが、大納言はあっという間 に衾を押しのけて添い臥してしまった。中君は人心地 もなく小さくなって、夢中で頭だけ持ち上げ対の君に取 りすがって震えていた。大納言はしっかと中君をつか まえて放そうとしないのでどうしようもない。対の君 「あなたはどうしてこんなに意地悪いことをなさいま す。こんなに思慮分別のないお方だとは思いもしません でした」 と、ひどく蔑んでみるが、 「もうすこし世間並みに扱ってくださったならば、私の 心もすこしは慰められたのですが、道理とはいいながら あまり消息を絶っておしまいになった恨めしさに正常な 分別もなくなったのです。あれこれと文句をおっしゃい ますな。ただあちらに行ってさりげなくしていてくださ い」 と言うので、かれこれ言うかいもない。それに事実、格 子をおろしたり、大殿油の用意などで人々がおおぜいや って来たので、対の君はおおいそぎで几帳の外に出てな んとか言ってごまかしていた。平気な顔をしていようと 思う気もちも、ともすれば震えて来そうで心細くてたま らない。しかしここで騒いでしまってよいはずもないの で、中君の乳母の子の少将君と目を見合わせていた。