中古文学の名歌名場面


『枕草子』 百二十三段 「はしたなきもの」(進藤重之)
※引用は『新版 枕草子』 石田穣二訳注 (角川文庫)
 また、括弧内の片仮名はこちらでつけました。



『枕草子』 百二十三段 「はしたなきもの」

<本文>

 異人(コトヒト)を呼ぶに、我ぞとて、さし出でたる。物など取らするをりは、いとど。おのづから人の 上などうち言ひそしりたるに、幼き子どもの聞き取りて、その人のあるに、言ひいでたる。
 あはれなることなど、人の言ひいで、うち泣きなどするに、げにいとあはれなりなど聞きながら、涙の つと出で来ぬ、いとはしたなし。泣き顔作り、けしき異になせど、いと甲斐なし。めでたきことを見聞く には、まづただ出で来にぞ出で来る。




<現代語訳>

 間の悪いもの
 ほかの人を呼んだのに、自分かと思って顔を出した時。何かくれる時などは、よけい。なにげなく人の 噂話をして悪口を言ったのに、まだ聞き分けのない子供がそれを覚えていて、その人の居る前で、口に出し た時。
 悲しいことなど人が話し出して泣いたりするのに、ほんにかわいそうなことだとは聞いて思いながら、 即座に涙が出てこないのは、ひどく間の悪いものだ。泣き顔を作って、悲しそうな様子をよそおっても、 どうにもならない。ところが逆に、すばらしいことを見たり聞いたりすると、たちまちどっと止めどもなく 出て来るのも奇妙だ。