中古文学の名歌名場面


『古今和歌集』 仮名序 (進藤重之)
※引用は『新編日本古典文学全集』 (小学館)



『古今和歌集』 仮名序

<本文>

 やまとうたは、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、 心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、 生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力を入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと 思はせ、男女の中をも和らげ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり。





<現代語訳>

 やまとうたと申しますものは、人の心を種にたとえますと、それから生じて口に出て無数の葉となったもの であります。この世に暮らしている人々は、さまざまの事にたえず応接しておりますので、その心に思うこと を見たこと聞いたことに託して言い表したものが歌であります。花間にさえずる鶯、清流にすむ河鹿の声を 聞いてください。自然の間に生を営むものにして、どれが歌を詠まないと申せましょうか。力ひとつ入れない で天地の神々の心を動かし、目に見えないあの世の人の霊魂を感動させ、男女の間に親密の度を加え、いかつい 武人の心さえもなごやかにするのが歌であります。