
僕がはじめて宮沢賢治の作品を読んだのは、おそらく小学校高学年の頃だったと思う。作品は『銀河鉄道の夜』であった。しかし残念なことに、読んだという記憶のみが残っているだけで、作品に対する印象はほとんど覚えていない。それほどまでに賢治の作品は、小学生の僕にとっては難解であったのだろうか。それから高校生になってふたたび賢治の本を手に取った。今度は詩集である。少し読み進めるとすぐに、そして凄まじいスピードで、僕は賢治ワールドへ引き込まれていったのである。賢治の詩の、難解でありながら賢治自身を見事なまでに描ききったその魅力は計り知れないものがあった。特に「雨ニモマケズ」の詩、あのどこに発表するでもなく死後に手帳の中から発見されたあの詩がそれを如実にあらわしている。それから他者に対する愛情という面でも、賢治の心は誰とも比較することができないほどに深いものがあった。妹としの死に直面した時の詩「松の針」の一節、
ああけふのうちにとほくへさらうとするいもうとよ
これを読んだときの賢治の様子・表情、そして妹への愛が眼前にありありと伝わってくる。
ほんたうにおまへはひとりでいかうとするか
わたくしにいつしよに行けとたのんでくれ
泣いてわたくしにさう言つてくれ
宮沢賢治という人物は、宇宙からやってきた神である。そして37年という短い生涯を終え、まるで「風の又三郎」のように去って行った。今頃は銀河鉄道に乗り、遙か遠くの星で、ひときわ輝いているに違いない。そしていつかまた、地球への切符を片手に、この地へ降り立つことを僕は望んでいる。